2017年02月02日

かなざわ演劇祭2017.febについて

新津です

かなざわ演劇人協会主催で、かなざわ演劇祭2017.febというイベントが行われます。ジョキャニーニャからも何人か客演してます。

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どんなイベントか?

企画内容としては、かなざわで活動する若手とベテランの演劇人が共同で芝居をつくるというものになります

・若手演出とベテラン役者=チーム「春」

・ベテラン演出と若手役者=チーム「虫」

コンセプトでもある「蠢く」という文字からチーム名をつけられています

なんでそんな企画なの?

かなざわ演劇人協会という協会の設立意図の一つとして「地域における演劇文化の活性化」があります。年齢差を超えて演劇人同士が学びあい、刺激を与えあうことがよりよい作品を生み出すことにつながり、結果としてお客さんに満足いただける、ということじゃないかと思います

若手が始めました?

かなざわ演劇祭2017.febの実行員会は基本的に若手がほとんどを占める集団です。おいらとしてもかなざわの演劇界(狭い)の活性化には若手の台頭が必要だと思います。若い集団がもっと出てきて、戦国時代さながら群雄割拠ししのぎを削るような状況になればいいかもしれません。そのために、ぐだぐだやってたおいらでもなにかできればという気持ちです

詳細は以下↓

かなざわ演劇祭2017.feb
「蠢く」
〜若者がはじめました!〜

「蠢」命あるものが動きだす気配と予感は演劇を作る動機に通じている様に思う。
若者のアクティビティーが「蠢く」今を浮かび上がらせる。

かなざわ演劇祭2017.feb開催いたします。
金沢にて活動する若者や玄人の方々
演劇祭をとおして世代を超えた交流、また交錯を作品に昇華いたします。2作品是非ご覧ください。

開催期間
2017年2月24日?26日

開催会場
金沢市民芸術村PIT2 ドラマ工房
(石川県金沢市大和町1-1)

料金
一般:\1500 二作品共通券¥2500
学生:\1000 二作品共通券\1500
※当日は\500増し
※共通券は前売りのみ(先着100名のみ)

▼ベテラン演出家×若手役者▼

「燕のいる駅」

【チーム虫】
演出:市川幸子(K-CAT)
脚本:土田英生(劇団 MONO)
出演:畑昂志 ( 劇団べれゑ )
大竹琴子
原田明日華
近江亮哉(coffee ジョキャニーニャ)
広本深之祐(coffee  ジョキャニーニャ)
木場 Q(coffee ジョキャニーニャ)
間宮一輝(coffeeジョキャニーニャ)

公演日程 2/24(金)21:00?
2/25(土)14:00~

▼若手演出家×ベテラン役者▼

「さよなら、めくらども」

【チーム春】
脚本・演出:南光太朗(さざなみ企画)
出演:今村恵子(劇団夢宇人)
金山古都美 (K-CAT)
菊玉益也子
横川正枝 ( 劇団北陸新協 )
奈良井伸子 ( ストーリーテラー )

公演日程 2/25(土) 19:00~
2/26(日) 13:00~ 17:00~

問い合わせ
Mail:info@k-tpa.com
TEL:080-5319-2232(担当:南)

主催:かなざわ演劇人協会、かなざわ演劇祭2017.feb実行委員会


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2016年12月23日

地方劇団の集客について−チケット価格の妥当性−

新津です

つらつらとあてもなく書いているのでテーマがぶれぶれですが、思い立ったので地方劇団のチケットの価格について書こうと思います

特に画像に意味はありません

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the pillows 公式ホームページから

そもそも劇団のチケット価格ってどうやって決まるのか。基本的には公演にかかる費用を試算してそれをある程度賄える価格にしていると思います

支出から考えるチケット単価

例えば、支出が400,000円として、2,000円で200人来てもらえれば400,000円になるので所謂トントンってやつです。なので、支出400,000円でチケット2,000円、お客さんが300人来ると200,000円の黒字になります。やったぜ

まぁなかなか黒字になりませんが、なった場合は次回公演の予算や打ち上げ代とかになっているものと思います。ちなみに、赤字になった場合は劇団員が補てんします。↑と同じ条件でお客さんが150人の場合は、100,000円の赤字なので劇団員が10人だと10,000円で頭割りするか、年齢などで傾斜をつけて補てんしたりします

チケットが高いと動員は少なくなりがちです。チケットが安いと逆にたくさん来てもらいやすいです。結局トレードオフの関係みたいになるはずです。市場ってそういうもんだよね

収入から考えるチケット単価

費用から試算とは逆の方法もあります。前の話で、お客さんは劇団員の関係者が主となっていると書きました。そうすると、ある程度の集客数が予想できます。そこにチケット単価をかけて収入が予測できます。つまり、大体250人くらいは集客できるからそこに2,000円をかけて予算は500,000円としようみたいな話です

例えば、演出家や舞台監督や製作が、今回は豪華な舞台を作りたいとか、有名人をキャスティングしたいとか、生オケでやりたい、というと支出が増えます。例として、平均して支出は400,000円でチケット2,000円、200人くらいの集客をしている劇団Aをとります

豪華な舞台を作りこむので支出が400,000円追加されたとします。ここで劇団Aの姿勢が問われるとおいらは思います。支出は全体で800,000円となります。今まで通りの価格と集客では純粋に400,000円の赤字です。

☆数値化できませんが、豪華な舞台によって公演の価値は向上するものとします

「赤字にしないためには」チケット単価を4,000円にする、お客さんを400人集客する、といった単価と枚数の増が必要です。(もちろん3,000円*270人とかでもいいです)

でも、お客さんは劇団員の関係者がほとんどです。そう簡単に増えません。仕方ないのでチケット単価を上げます。そうすると集客は減ります。結果として支出予定の800,000円には届かないでしょう。まぁ、こういうことが予見されるので、そもそも豪華な舞台案は劇団内で承認されないかもしれませんが

いや、待ってほしい。チケット価格は演劇の価値である。演劇の価値をお金に換えているので価格が豪華な舞台の分上積みされても、それは妥当である。と思うかもしれない。劇団が4,000円の価値を提供するのだから、4,000円の価値を得るためにお客さんはチケットを買うだろう。でも、そんなことは恐らくない

おいらの場合に当てはめると、友人がthe pillowsのコピーバンドのライブをやると聞いて、2,000円なら行くけど4,000円ならいかない。音響がすごくてスモークとかの演出がすごいんだ、と言われても行かない。人の財布には上限がある。映画・演劇・ライブetcに出せる金額に上限がある。だから、価格=演劇の価値だとしても、演劇の価値をどんどん向上させても価格を比例させることはできない

結局のところ、公演の価値を上げてチケット単価も上げるという方法は、ある程度で頭打ちになります。予算を増やすのであれば、集客を増やす方に重点を置いた方がいいです。もちろん、チケットがすぐに売り切れてしまう場合には、重要と供給のバランスを考えて単価を上げてもいいと思います

結局チケット単価の妥当性とは

これまでの話から、チケット単価は以下が相互に作用しながら決まると思われます

・お客さんに買ってもらえそうな金額
・劇団の予算

でも、映画と比較するとちょっと不思議なことになります。映画が2,000円で観られる昨今、それと同程度の価値を同程度の金額で演劇は提供できているのでしょうか。市場が正しいなら、映画の2,000円も演劇の2,000円も同じ価値です

ただここで、前の知り合いが出ている話に戻ります。映画には知り合いは出ていないが地方の劇団には知り合いが出ている。だから、(おいらの個人的な感覚ですが)演劇の2,000円の中にはその知り合い補正みたいなものが含まれているんじゃなかろうか、という事です。それを妥当というかはわかりませんが、演劇の価値=価格に知り合い補正が含まれるとしたら、ちゃんとした価値を見誤るんじゃないかと思います

そんな感じです


posted by ジョキャニーニャ at 11:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月08日

地方劇団と集客についての考察

新津です


the pillows オフィシャルサイトより

前回前々回と適当に書いてきたけど、いったんまとめると、こうなる

1.地方のアマチュア劇団がチケットを売って収入を得るのは、最終的には収支を合わせるため

2.演劇がしたいけどお金はできるだけかけたくない、だからチケット収入を得たい

3.チケットが売れるのは演劇に価値(お客さんがお金を出したい事)があるからだ

2と3が上手く複合してチケットが売れるはず、だと思う。それぞれの側面からは下記のようになる

劇団側 「演劇をする。演劇という価値をお金に換えて収入にする」

観客側 「お金を払って演劇という価値を得る」

劇団側からすると演劇をするという目的と、支出を抑えるという目的を同時に満たすことができる。観客側からすると、演劇を観るという目的をお金を払って満たすことができる。

これを踏まえて、集客を考えていく。そもそも演劇で生活収入を得るというようなプロ志向の劇団ではないことに注意したい。あくまで地方のアマチュア劇団のはなし

経験上、アマチュア劇団のお客さんというのは、劇団員の関係者、演劇関係者がほとんどを占める。それ以外だと、演劇が好きな人、気まぐれに演劇を観ようと思った人、なんかになると思う。チラシを演劇に興味がない人に配ってもあまり効果はないだろう。もちろんたまたま見たチラシで興味をもって観てみようという人はいるかもしれないけど、全体としては少ないと思う

ここで、劇団員の関係者の立場に立ってみる。友人としよう。劇団員から今度演劇やるからよかったら来てね、という連絡があって観に行ったとする。ここで友人が得る価値は演劇自体のそれもあるが、同時に知り合いが出ているという、プラスアルファがあるんじゃないかと思う。知っている人間が出ている催しとそうでないものの間には、受け取る側の価値に差があるんじゃないだろうか

おいら個人としては、知り合いが出ている音楽のライブなら見に行くけど、そうでないものにはそこまで惹かれないってことがある。音楽は嫌いじゃないが、知り合いの出ていないライブにわざわざ行こうとは思わない。でも、the pillowsのライブには行く。知り合いがpillowsのコピーバンドやってても行くかもしれない、知らない人たちがpillowsのコピーバンドやってても、少し惹かれる。でも、知らない人たちがやってるライブには特に行こうと思わない

the pillowsについてはこちら

前にも書いたけど、観客席がそういう関係者や身内だけで埋まっていると限界がある。プラスしてそれ以外の人たちに来てもらわないと、拡大は見込めない。結局それは「創客」という話になる

その創客のためにもう一度価値の話に戻す

関係者は「知り合いが出ている」+「演劇の価値」に対してお金を払っている。これに対して、その他のお客さんは「演劇の価値」だけに対価を払うことになる。おいらとしては、その差に創客の重要な点があるじゃないかと思う。関係者じゃなくても観に行くという事は、おいらが知り合いの出ていないライブに行くのと同じことで、根本に立ち返ると、pillowsのコピーバンドだとか、少なからずどこかにそういう接点がないと行くことはない

ただ、接点というのは必ずしもpillowsのコピーバンドでなくてもいいかもしれない。pillowsっぽいギターロックならpillows好きは興味を示すかもしれない。既存の好きなものと同じ方向性なら興味を持つかもしれない。だからこれは最終的には、集団のカラーを明確にするという事につながる

劇団のカラーがコメディならコメディが好きな人に訴求できる。関係者じゃなくてもそのジャンルや方向性に興味を持ってもらえれば、食指が動くかもしれない。少なくとも興味のないものを観ようとはだれも思わない。つまりやるべきは、集団の方向性をはっきりさせ、それを広報して、嗜好が合う人にそれを届けることだと思う。そしてそれには、宣伝の手法が非常に重要になってくる

宣伝の話に行く前にもう一つ大切なことがある

仮に、関係者以外のお客さんに来てもらえたとする。そのお客さんの得る価値は関係者のそれとは大きく異なる。なぜなら知り合いが出ていないし関係もしていないからだ。純粋に作品の内容だけを評価して対価に見合ったかを考える。だから一番厳しい目を持っているのはそういうお客さんだと思う。あとで、いやぁ今回は稽古期間が短くてさー、みたいな言い訳もできないので、つまるところは、提供できる価値を高めなくてはならない。それによって関係者のお客さんにももっと高い価値を提供できるはずだ

・宣伝の話

創客のためにどうしたらいいか、かみ砕けば、地方劇団の公演情報を演劇を観たいことない人にとどけるには、どうしたらいいのか。これはもうメディアと口コミしかないだろう

口コミの一つは、友達の友達方式だ。劇団員の関係者が友達を誘ってきて、その友達が演劇を気に入ってさらにその友達を、といった風に人というコミュニティの情報伝播を利用する手だ。これはペアチケットなどで誰かを誘ってくるインセンティブを付加するのが一つの手だ。チケット管理はやや複雑になるけど、仕方ない。あと、演劇の内容が期待に沿えなかった場合は逆効果にもなるので注意が必要だ

もう一つの口コミとしては感想や批評がある。ツイッターなどで「○○面白かったー」みたいな情報が載ることで、その周囲の演劇に興味のない層にも薄くだけど情報が広まる。お客さん側に感想を書いてもらう仕掛けがあればいいと思う。これも「○○つまらなかったー」だと逆効果なので、少なくとも面白いことは前提にないといけない

ただ、やはり口コミには限界があると思うので、本命はメディアになると思う。長くなったので、続きはまた今度書きます

そんな感じです


posted by ジョキャニーニャ at 20:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月25日

劇団ドリームチョップ 笑ってよゲロ子ちゃんを観た

新津です

劇処の4週目劇団ドリームチョップさんの笑ってよゲロ子ちゃんを見ましたので、簡単に感想を

ふらいやーおもて

 

■ストーリー

誰も聞いていないローカルコミュニティラジオ局の、そのまた誰も聞いてない不人気番組「ウーマンズナウ」。番組継続のための話題作りに無理やり生み出された都市伝説の「ゲロ子ちゃん」だったが、その後噂は一人歩きし、はがきの中の彼女の姿は異様なものへと変化していく。変わってしまったのはゲロ子か、それとも・・・

ここまでがチラシのあらすじ。ゲロ子になったのはラジオ局のおとなしいADで、家にも帰るなと言われて町の中をうろついていた。それで人気のないラジオにゲロ子目撃情報を募ったところ、予定通りはがきがいっぱい来るようになって、ラジオ局側としては作戦成功というところなんだけど、一人歩きしたゲロ子のイメージがだんだん凶悪になっていって、ラジオ局の人たちはそれを信じちゃって、最後にラジオ局にゲロ子が来る事になったら、戦々恐々となるんだけど、同期の男はゲロ子を信じてるとか言いつつ結局そうでもなくて、でもゲロ子は結局変わっていなくて同期の男がアナウンサーになった事を祝福しておわり

ちょっと端折ってるけど、大体こんな感じ

 

■感想

ディレクターの加藤役の人が、頑張ってはいるとは思うけど、全体的に空回りというか無理して台詞を言っているような感じで、テンポが良くなくて会話の妙みたいなのもあまり感じられなかった。ただ、まぁそれも仕方ない気もする。というのもディレクターがやたらに嫌なキャラクター設定で、一体なににそんなイライラしてるんだろうと思うくらい理不尽なことを言ったりするし、そういう嫌なキャラクターありきで始まるので、設定をなぞっているだけみたいな印象を受けた。この人はわかりやすい嫌な奴なんですよっていう表現の仕方は、ちょっとしたコメディみたいな感じもするし、なんかもう少し他の見せ方はなかったのかと思った

これはほかの感想でも時々書くけど、語尾の〜のよ、〜わよっていうのはたぶんやめた方が良い。おねぇかと思っちゃうわよ。〜のよ! 〜のよ! っていうシーンで、恐ろしく言いにくそうだった

あと、時代設定がよくわからなくて、ゲロ子が携帯電話とか持ってたら連絡も取れるし、ネットがあったらもう少し違う方向性で都市伝説化が進んだだろう。じゃあ、もっと昔なのかというとBGMでHey Say Jumpが掛かったりするし、一体いつの話なんだという疑念が常に付きまとっていた

ゲロ子のことで言うと、そもそもこんな事がふつうの会社で許されるはずがない。あまりにも非現実的で設定ガバガバすぎる。いや、演劇なんだから非現実的でもいいかもしれないが、それでももう少し納得できる理由が欲しい。家に帰ってもいいだろうし、何かあったら責任は誰がとるんだろうか。逆に野宿とかしている方が見つかりやすくて、すぐばれちゃうんじゃないだろうか

設定といえば、ディレクターがラジオの放送事故ですぐにクビにされるという話が合ったけど、ディレクターは他の番組は受け持ってなかったのか。そのディレクターをクビにしても問題ないくらい余裕のあるローカルラジオ局なのか。その番組だけしか受け持っていないディレクターだとしたら、それだけでよく子供二人と暮らしていけるものだ。なんて事が気になった

ディレクターの事ばかり書いてしまうが、衣装も新入社員みたいなスーツで、ラジオ局のディレクターってああいうスタイルなのかと疑問に感じた。スーツだとしても、もっと砕けてるんじゃないかなぁ

ギンジ君に最後にアナウンサーになれてよかったね、とゲロ子がメッセージを残すところで、まず、なぜ横断幕に書くんだ。なぜゲロ子は喋らなくなったんだ。いやまぁ、それは本当に人じゃなくなってしまったという事でいいかもしれない、じゃあいつギンジ君がアナウンサーになりたかったっていう設定が登場したんだ。もしかしたら見逃したのかもしれないけど、その前提が入ってなかったから、最後の横断幕もポカーンとしてしまった

とまぁ、細かいところをつついてきたけど、もともと高校演劇の脚本という事もあって、1時間にまとめるにはある程度ご都合主義である必要があったのかもしれない。脚本のアイデアや構成は面白くて、最後にゲロ子がスタジオに来るという展開も、先が気になる作りになっていると思う。その最後のシーンで、客席側からゲロ子が出てくるんだけど、あれは見せない方が良かったんじゃないだろうか。むしろ、舞台の裏からシルエットで出すとか、もう少し恐怖をあおる出し方の方が効果的だったんじゃないかと思う。結局最後はゲロ子が怪物なのかそうでないのかという作品の肝のシーンなので、何か盛り上がりが欲しいところだった

椎名林檎をバックに踊る長山さんはかっこよかった

そんな感じです

好き勝手書いてすみません


posted by ジョキャニーニャ at 23:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月18日

地方劇団のいろいろ

新津です

前回そもそもアマチュア演劇の集客について書いたりしてましたが、集客の事を書く前になぜ地方で演劇をするのかという事についてもう少し掘り下げてからの方が良いような気がしたので、そっちを書くことにしました

■おいらの想像で目的別に書くと

1.芸能界に入りたい、テレビスターになりたい、売れたい、役者で食っていきたいetc派

このパターンの人は東京に行くと良いと思う、というか東京に行かないとそこに通じる道はほとんどないんじゃないだろうか。業界の人じゃないからよくわからんけど、東京以外から売れるってナックスとかそういうパターンくらいじゃないのかな。もちろん地方での人気のタレントさんとかいるので、地方にいてもそういうルートはあるんだろうけど、地方にいてテレビに映る佐々木蔵之介になることはできないんじゃないか

少なくとも役者で食っていくっていう人は、現時点では東京に行くのが確率高そう。今後はどうなっていくかわからないけど

2.いきなり東京はリスク高いだろ派

ただまぁ、東京以外の人気劇団が東京に進出してもっと売れてっていうパターンが(たぶん)あるから、地元で力をつけて、東京で勝負すりゃええんや。という堅実?なパターンもありそう。ただ、そもそも演劇が盛んじゃない地方もあるだろうから、ある程度の都市じゃないとこのパターンの人はいなさそう

3.商業主義には流されないぜ派

東京は商業主義に偏り過ぎていて、そういうところにいなくても演劇は作られるし、むしろ商況主義に流されない分、芸術性(とは何かわからんが)の高い演劇が作る事ができるから地方にいるよパターン。あと、その地方の特性も活かせるし、まぁ、あえて東京じゃないところにいる、あえてね。多分少ないと思う

4.演劇できたらいいよ派

演劇が好きだから演劇している。あわよくば売れたらいいけど、売れなくてもいいやという感覚重視パターン。表現手法としての演劇、コミュニティとしての劇団、趣味として楽しむ、食っていくとか金銭には直接つながらない。おいらの感覚では地方の劇団はたいていここに分類されると思うけど、違うのかもしれない。金銭的リスクが少なく、多分社会人劇団はここに入ると思う

5.地方も盛り上げようよ派

4とかぶるトコロがあるだろうけど、地方でも最終的に演劇が一つの商業として成り立つところを目指しているパターン。演劇で食っていきたいけど東京に出るのはリスクが高い→地方で食えるようになればいいじゃん。という前向きなようなそうでないような感じ

6.地方の演劇という文化を継承していく使命感派

地方脈々と続いてきた演劇の文化を途絶えさせてはいけない、という使命感に燃えるパターン。そんな劇団ない気もするけど思いついたので書いた。たぶん誰も頼んでない

■それで

まぁ、それぞれにグラデーションになってるのかもしれないけど、とりあえず4.あたりを対象としてちょっと書いていこうと思う

それで、地方劇団の集客にフォーカスすると、前回も書いたけどお金を集めたいのは自分たちの負担を減らしたいからだと思う。

客が増える→売り上げが上がる→劇団の負担が減る

それで、これを「4.演劇できたらいいよ派」がやってるとすると、こう書き換えることができる

4’.演劇できたらいいけどあまりお金の負担はしたくないよ派

もうね、こういう人たちにお金払いたくないって思うかもしれない。なんでお前がやりたい事に俺が金払わんといかんのだ。と

いや待ってほしい、対価である。劇団は演劇公演の対価としてお金を受け取っているのだ。お客さんは劇団の提供する公演にお金を払っているのであって、劇団がやりたいことをやっているだけではない。劇団のやりたいことがお客さんの観たいものに合致しているため、そこに金銭のやり取りが発生してもおかしくはないのだ。結果としてそれが劇団の負担減につながっていたとしても問題ない

誤解を恐れずに言えば、少なくとも、この↓形でなければ成り立たない。

4’’.演劇できたらいいけどあまりお金の負担はしたくないよ派(客は対価を払っている)

こうなって初めて集客とは何かを考えることができる。お客さんが1,500円、2,000円払って観たいと思える公演を提供して初めて均衡が成り立つ。そうでなければお客さんは関係者の付き合いで劇場に来て、劇団員の満足と、金銭的負担を助けるためだけにお金を払うことになる。これは不幸なことだ

ここで大切なのは、その1,500円、2,000円が本当に妥当なのかという事になるけど、疲れてきたのでまた暇を見て続きを書きます

そんな感じです


posted by ジョキャニーニャ at 01:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月23日

夢宇人さんの青い実を食べたを観た

新津です

夢宇人さんの青い実を食べたを観ました。簡単に感想なんかを

ストーリーは、特にちゃんとした流れがあるわけじゃなくて、どちらかというと散文的なシーンがつながっているように見えた。認知症の人をめぐる周囲の人とか、昔の回想とかそういうシーンがパラパラと切り替わって行って、進んでいく、いや、進んでいるともわからない、繰り広げられていくという方がしっくりくる

コメディっぽく進んでいくので見やすいけど、話の核が提示されているわけじゃないのでともすれば話に興味を失いそうになってしまった。むしろ、話の流れではなく役者や各シーンをしみじみとかみしめるように見るのが正しかったのかもしれない

最後の方で急にカメラで撮影するシーンが始まって、劇中劇オチかと狐につままれたように思ったが、カメラ療法という治療法があるらしく、それを聞かなかったら劇中劇オチだと思ったままだったと思う。わかった人いたのかなぁ

舞台はいつも通りしっかり安定感があって、木のオブジェや後ろの開き戸、星空の照明も良かった

コメディ色があってメイン役者4人の絡みも軽妙で面白かったけど、途中あまりにもガチャガチャした感じで、もう少し整理されていたら良かったのではと思った

ただ、よくよく思い返すと、散文的にシーンが繋がれている事で、想像だけど認知症の人の感覚を追体験したような気がする。戦争の事、トマトの事、写真を撮ったこと、何か話の軸がというよりは主役のとよこさんの心のウチを見ていたのかもしれない。そして最後に「忘れていると言う事も忘れている」という台詞を認知症患者の口から聞くという、無常さと諦念のようなものが入り混じった幕切れは、何とも言えない雰囲気があった

好き勝手書いてすみません。気に障ったら謝ります

そんな感じです


posted by ジョキャニーニャ at 13:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月06日

劇団の集客とお金について

新津です

最初に予防線を張っておきます。せっかく観に来ていただいているお客さんに嫌な感情を惹起させるかもしれません。その場合は本当にすみません。あと、自己の経験からです。一般的なものにあてはまるかはわかりません

以下本文

色んなところで書かれているけど、アマチュア劇団のお客さんというのは基本的に知り合いとか、身内とか、他の劇団の人とかが大多数を占める。本当にチラシとかホームページだけ見てきたって人はかなり少ないと思う。毎回その統計を出そうと思って結局やってないけど、最近ジョキャニーニャでマーケティング本部が発足したので、今後はこまめにやっていきたい

数字出てないので何とも言えないけど、知り合いetcをAグループ、そうでないお客さんをBグループとしたとき、その割合は良くて9:1くらいなんじゃないかっていう感覚がある。これを前提とすると、最終的な集客というのは劇団員に直接関わりのある人がどれくらいいるかという点に集約される。もう少し露骨に言えば出ている役者が多いほど多くの集客が見込める。ただし、他の劇団の人たちという集団は劇団員の中でも重複する部分が多いので、単純に役者が多いからと言ってそこまでの増員が見込めるわけではない。友人が多い役者や他のサークルに所属している役者が多ければ多いほど、突き詰めれば交友関係が(演劇以外で)広い役者が多いほど集客が見込める

しかし、この集客方法には問題がある。沢山集客できる役者がやめたりすると、単純にその分集客が減る。また、大体は、人間年を重ねると仕事や家庭環境の変化で自由になる時間が少なくなってくる。観に来てもらえていた周囲の知り合いも同様に観劇に時間を割きにくくなる

劇団から見たときにこの問題の対処法は二つしかない。その一つは新しい劇団員を入れるという方法だ。つまり、露骨な言い方だけど、新しいお客さんを持っている劇団員が常に入団していけばこのリスクは回避できる。つまり、結論としては劇団員を増やすことが集客につながる、と言える

ここまで読むと、おかしいなと感じると思う。ここまでの話は完全に劇団の目的を忘れて、集客さえできればいいと言う極端な話になっている。役者=集客マシーンみたいな扱いだ。だけど、劇団は別に集客数を増やすのが目的の団体じゃないはずだ。いや、それでも演劇はお客さんがいないと成り立たない。お金もかかるしチケット収入が欲しい。まぁ、たんなるわがままみたいなところもあるけど、そういう話

ただ、お金は欲しい。少なくともジョキャニーニャはお客さんを呼ぶ目的の一つに、予算の回収という側面がある

集客少ない→お金が足りない→困る という簡単な図式だ

ただ、ここでも一つ立ち返る必要がある。別にジョキャニーニャは営利団体でもない。だから言ってしまえば赤字だからと言って倒産することもない。ただ、劇団員の持ち出しが増えるだけだ。あまりにも多いと解散するかもしれないけど……。それで、ここまでくると話はどんどん露骨になる。

集客少ない→劇団員の持ち出しが多い

裏返せば、自己負担を軽くするために集客していると言ってもいい。まぁそれが悪い事だとは言わないけど、よくよく考えるとそこに行きつく

いやいや、そうじゃない、集客するのは芝居をたくさんの人に観てもらいたいからで、金のことは二の次だというのであれば、お金をとらなければいい。その方がたくさんの人に観てもらえると思う

現実はおそらくその両方で、沢山の人に観てもらいたいしお金も回収したいという話なんじゃないかな

少し話がずれたので戻す

集客を増やす解決策のもう一つは、最初に出てきたBグループのお客さんを増やすという方法だ。これがこの狭い業界でよく言う一般のお客さんというやつで、これができれば役者が辞めて途端に集客できなくなるとか、そういう事は少なくなる。ただ、これは難しい。Aグループが多いのはそもそも知り合いがでている、というある種のプラス要素があるからで、付き合いや下心とかもあるかもしれないけど、とにかく誘いやすいし、行きやすい

これがそういう繋がりのないところから集客するとなると、これはもう広告出すとか、CM打つとかポスティングするとか、口コミでひろめてもらうとか、そういう情宣活動を大々的にするか、有名人が出るか何かで話題にならないとまず難しいと思う。それと、これは大前提で、内容が良いものであることっていうのが必須。そういう内容との話については別で書きたい

ただ、これは決してAグループのお客さんが多いことが悪いって話ではなくて、劇団員が30人いて、一人あたり30人お客さん呼べれば900人の集客で、それってすごいことだと思う。ジョキャニーニャが成り立っているのも結局そういう繋がりで観にきてもらっているお客さんのお陰で、そうじゃなかったらとっくになくなっている。それと、多分少しは脚本が面白いとかそういうところもあって、続けて観てもらえてるんだと思いたい

なんかやっぱりちょっとお客さんが減るような内容の気がするけど、なんか書いた方が良いという天啓を得たので書きました

気が向いたら続きを書きます

そんな感じです


posted by ジョキャニーニャ at 21:31 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月29日

青空ハサミ終演

新津です

なんとか無事?Coffeeジョキャニーニャ 十八番 青空ハサミの公演が終了しました

今回は色んな事情からキャストシャッフル公演となっていたんですが、正直もうやめようと思いました。キャストごとに微妙な違いがあって共演者も2パターン覚えないといけないし、変更点なんかも一回で二人に言わないといけなくなるんですが、稽古にそろわなくて二度手間になるとか、伝え忘れるとか、動画2パターン必要とか、ジョキャニーニャには早すぎたシステムでした

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まぁ悪いところばかりってことはなくて、組み合わせ違いで二回観てくれるお客様がいらしたり、作ってる方もキャストが違うからこそひらめくことがあったり、いい事も結構ありました

動画も作ってみました。撮影は結構大変でしたが楽しかったです。毒入りカレーのシーンはおいらが、エンディングムービーはどんど先生が編集してて、やっぱり撮った後の編集が手間でしたね。まぁ、動画部で色々と作っていたノウハウが少しは活きた気がします。本当は通常のシーンでも背景として映像を出そうとしてて、ただよく考えたら備え付けのプロジェクタだと光量が足りない事に気づき廃案となりました

エンディングテーマは中谷君に歌詞を書いてもらって、ミュージック工房のディレクターの上野さんに作曲してもらいました。また仮歌はドラマ工房のディレクターの南さんに吹き込んでもらいました。そして、歌は最近出演してない中里団長が歌っています。歌については深夜のドラマ工房で7テイク録りました。歌ってみるとわかりますが結構難しいです

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舞台中の音響のいくつかはおいらがよくいくBar laid-backの人たちに作ってもらいました。そういう意味で色んな方々の協力の上に成り立った公演だったと思います

来ていただいたお客さんの数は以下のような感じです。もしかすると少しずれてるかもしれません

6/17金 20:00- 97名
6/18土 14:00- 94名
6/18土 19:00- 74名
6/19日 11:00- 95名

土曜日の夜は少し空きがありましたが、それ以外はおおむね満席という結果でした。これはご招待、無料の高校生のお客さんを含めています。ご来場いただいた皆さま改めてお礼申し上げます

あと、少し反省というかアンケートにもあったんですが、こうすればよかったなっていう点をいくつか

台詞がふるい

ですよね。7年前ですもんね。もう少し書き換えるべでした

勢いが落ちている

これはまぁ、今まで中里和寛団長に頼りすぎていた点もあって、そこどうするかっていうのがジョキャニーニャの課題といってもいいです。それと色々なことはやってるつもりですが、なんか最近小さくまとまっているような気もします。守りに入ったのかもしれないです

オチが弱い

後半のところももっと書き換えればよかったです。伏線回収がメインになってて、構成の方ばかり気にしてはじける物語性というか大胆な流れにはならなかったですね

にのちゃんの衣装

おいらは良いと思うんです。あかんかな

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幕間がグダグダ

ゆる過ぎましたね……

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他にもいろいろと改善点はありますが、とりあえずそんな感じです

次回は9月にコント? 11月に本公演? の予定です。懲りずにまた観に来てもらえたらうれしいです

そんな感じです


posted by ジョキャニーニャ at 22:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月20日

マニアック先生シアター 十一人の少年を観た

新津です。

福岡でマニアック先生シアターさんの十一人の少年を観ました

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前売りは売り切れと言う事で、ツイッター経由で当日券の確認をしたところ、キャンセル待ちという事でしたが、結果としては無事観劇できました。前から気になっていた博多のぽんプラザホールにも行けたし、夜はカラフルでお会いして以来の高崎さんお話しできたし色々満足な観劇でした

ぽんプラザホールはきれいでアクセスも良くてキャパも100前後と、小劇場としてはかなり使いやすそうでした。あまりじっくり見る時間はなかったんですが、周辺には居酒屋とかもたくさんあって観劇→飲みに行くなんてことが手軽にできていいなあと思いました

脚本は北村想さんの「十一人の少年」内容は読んだことなかったんですが、30年前の戯曲という事もあってそこはかとなく古さみたいなものを感じはしたものの、一方で構成のうまさとか台詞の巧みさをしっかりと味わいました

あらすじはググると出てくるので割愛します

全体的な印象としては男性俳優陣がすごくイキイキとしていて、特に冒頭の小林のシーンではぐっと引き込まれた気がします。逆に女優陣というか、中盤からの思い保険のくだりに入ると若干ペースダウンするところもあって、中だるみしていく印象がありました。あと、キムコ、スガコは差を出すためとしてもちょっとやりすぎみたいな気がしました

俳優陣は皆個性があって素晴らしい演技でしたが、とりわけ別保さんと小林さんが好きです。それと兄役の方の歌には驚きました

舞台としては装置や照明もしっかりと作りこまれていて、小道具や衣装にも気を遣っているように感じました。全体として戯曲に対して全力で正面からぶつかっているような印象です。本当に直球勝負で力強い作品でした。最後の方の船のシーンなんかの盛り上がりも、ダイナミックな装置と相まってとても楽しめました。ただ、反面重厚長大といった面もあり、個人的には所々ゆるい部分が欲しかったです。あと、上演時間が2時間30分というのも、もう少しコンパクトにならなかったかなぁと

全体的にとても楽しめたのですが、少し気になった部分もありました

・舞台が揺れて不安になる。後半のために可動とするのはわかるんですが、なんかハラハラしました。特に上手の壁?

・上手の見切れが甘くて袖の中が見えちゃう。次出る役者がちらっと見えるのが残念

・アカシアの花はなんだったんだ

・青木さんが常に鞄を離さないのが気になる

全体通してみるとやたら小林さんの演技が印象に残っています。すまーん! て台詞が秀逸。また機会があれば見に行きたいです

好き勝手書いてすみません。気に障ったら謝ります。ごめんなさい

そんな感じです


posted by ジョキャニーニャ at 20:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月15日

劇団羅針盤 FINAL を観た

新津です

結構前になりますが、劇団羅針盤さんのFINALを観たので、簡単に感想を

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日時:4月9日(土)14:00 10日(日)14:00...
開場時刻:13:30優先開場(予約のお客様) 13:45一般開場
あらかじめご予約された方が優先となります。事前のご予約をお勧めいたします。
料金:入場無料(10歳未満のお子様のご入場はご遠慮ください)
場所:金沢市立泉野図書館オアシスホール(金沢市泉野町4丁目22-22)
羅針盤:平田知大 寺嶋佳代 岡本真吾 矢澤あずな 竹内風香 長田ひかる
作・演出:平田知大
参謀:寺嶋佳代 舞台:KATZ&β・龍
音響:吉村建彦 照明:吉居愛雅(劇団不完全燃焼) 照明協力:宮向隆
制作:劇団羅針盤制作部 統括:雪村つばき
主催:劇団羅針盤
後援:石川テレビ放送 エフエム石川 北陸朝日放送 北陸中日新聞 北陸放送


あらすじ

その劇団は、かつて旗を揚げた。
何も持たず、思い付きだけで演劇を始めた。
懸けるに値するものだと、駆け続けた。
そしてその賭けに、敗れたのだ。
1つの劇団が、この街から姿を消す。
七転八倒、再起不能、あとは幕引きだけだ。
───それでは、サヨウナラ。

羅針盤史上初! 最初で最後の無料公演!!


ストーリー

劇団羅針盤さんによく似た劇団の、解散公演本番前の話

舞台監督の高村と代表の明希が、実際に劇団羅針盤さんでおこった出来事を面白おかしく交えながら、話は進んでいく。途中でメインの役者が来ていないという事が分かり、高村が初演時の役者という事もあって、代わりに主演することになったりする

ただ、メインは劇団の内輪話みたいなところが多くて、楽屋ネタというかこれまでの羅針盤さんを知らない人からすると、あんまりわからなかったんじゃないかと思う。特に過去公演の再演をやるという話で、本当に羅針盤さんの過去公演「空ニ浮カブ星ノ名ハ三日月」のシーンが始まったのは、おいら知ってるからいいけど、知らないとぼかーんとするんじゃないかなぁと思った。まぁ、客層に羅針盤さんのファンの方が多いとか、そういう事なら問題ないだろうけど


役者

ほとんど高村と明希の二人芝居。他の登場人物は新人役のもこっちだけど、時々出てくるくらい。その他はマイクでの会話だったり、ドアの外にいる体で袖に向かって会話する

二人芝居でも、いつも通りの羅針盤さんテイストだったけど、やっぱり岡本さんや中井さん、西東さんがいて、チャンバラしたり銃を構えて向かい合ったり、カッコイイセリフを吐いてはけたりするのが観たいなぁと思ってしまった

次回公演がそういう感じっぽいので、楽しみにしたいと思いました

劇団羅針盤第三十二回公演『剣劇SEVEN』

詳しくは羅針盤さんホームページをどうぞ

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その他

全体的に劇団内輪話という感じ。冒頭で照明バーが下げてあって、途中でそれを上げたりするのも公演の裏側というか、そういうのが見えておいらとしては、なんか親近感みたいなのがわいた。あと、お客さん参加システムは何ともいえない感じで、必要あったのかなぁと思った

あと、解散するする詐欺公演と言っていたけど、羅針盤さんとジョキャニーニャは同期みたいなものなので、解散しなくて良かったと思った。まぁ、公演数は倍くらい違うけど

ストーリーというか、設定やセリフの端々に解散が視野に入っていたという事が伺い知れて、平田さんの苦悩のようなものもにじみ出ていた気がしないでもなく、むしろ架空の劇団ではなくて羅針盤さんの劇団運営の裏側みたいなところまで突き抜けていたら、また違った見方ができたのかもしれない

好き勝手書きましたが、気に障ったら謝ります。ごめんなさい

そんな感じです


posted by ジョキャニーニャ at 12:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
石川県金沢市で細々と活動するCoffeeジョキャニーニャのブログ

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