2017年03月18日

かなざわ演劇祭2017.feb

新津です

演劇祭の主催の「かなざわ演劇人協会」に所属していますが、ちょっとそれは一旦考えずに、先日観たかなざわ演劇祭2017.feb(以下演劇祭)の私的な感想を書こうと思います。

概要についてはかなざわ演劇人協会の記事を確認ください

二本立てなんですが、とりあえず一つずつ

チーム虫「燕のいる駅」

土田英生さんの脚本です。あらすじは劇団MONOのページから

燕が巣をつくる頃。のどかな景色の中、「日本村四番」と呼ばれる駅には全く電車がこなくなる。前日にこの地域に人々は皆こぞって逃げ出していった。空には 大きなパンダの形をした雲。その雲の正体は分からない。残った駅員や乗客達は不安を感じながらもここで待つしかないのだ。まさか、その日が世界最後の日 だったとは誰も気づかなかった。考えるべきテーマが根底に流れた作品だ

初演が1999年。おいらの中でこの頃というのはいわゆる終末モノが流行ってたという記憶があって、まぁ、ノストラダムスの予言もあったりするんですが、まさにその流れに乗った内容だなと思いました。あと、エヴァとか流行ってました

終末モノからちょっと前に流行ったセカイ系へのつなぎも結局エヴァだったりするわけですが、それはさておき、終末モノでいうと「終末の過ごし方」という(エロ)ゲームが好きです

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こちらもちょうど1999年に発売になってます。世界の終わりが確定している中、誰とどうやって過ごすかというちょっと刹那的で哲学的なストーリーが人気だったような気がします。ヒロインが全員メガネをかけているのもポイントが高いところですね

ついでにwikipediaからあらすじ

次の週末に人類は滅亡だ。

あと1週間で世界は滅亡を迎えてしまう…そのような状況でも、人間はわずかに残された時で日常を繰り返してしまう。主人公や他の登場人物たちも例外ではなく、生徒が1割ほどになってしまった学校を舞台に学生生活を続けている。日常の残滓の中で、彼らは自分の終末の過ごし方を見つけていく。

…しゅうまつ、あいてる?

おいらは燕のいる駅を見ている間、ずっとこのゲームの事が頭をよぎっていました。ただ、燕〜の方は終末が来ることはわからず、ただ何かにおびえたり、他愛もない会話をしたり、ほのかに恋愛っぽさを漂わせたり、喧嘩したり、不気味さと日常・非日常を混ぜ合わせたような独特の空気感で、終始興味深く飽きることなく見続けられました

ただやはり、少しだけ物足りなさも感じました。最後に暗転して雷のような、それこそ世界の終わりを感じさせる演出があったんですが、なんとなく物足りない気がしました。もう少し破滅感がほしかったです

役者陣については、色んな事情によって男の役者が全員ジョキャニーニャということもあって、ちょっとした既視感を覚えつつ、身内びいきみたいになりますが、面白かったです。逆に女の役者との芝居の温度差があって、その辺で統一感が欲しかった気もします

ただ、円形舞台独特の効果みたいなのは特になかったので、円形ならではの使い方が欲しかったなと思いました

チーム春「さよなら、めくらども」

こちらは、オリジナル脚本で、言ってしまえばナンセンスというか、分かりやすいストーリーがあるような内容ではなく、心のつぶやきの羅列みたいな、ツイッターにも近いんじゃないかと思いました。目隠しされた女性五人が、縛られて吊るされたりしていて、普通に歩ける人もいるんですが、その人たちが散文的に何かをつぶやいて、首を絞めたり、寝ているその上にまたがったりする感じでした

セリフはほとんど聞こえなかったり前後のつながりがあるわけでもないので、もうほとんど理解するという事より、その言葉をその場で聞き続けていました。目隠しされて床に転がされて蠢いているので、客席の人の足に触ったりしていて、そのお客さんが嫌がったりするのが仕込みなのかどうなのか、なんとも複雑な気持ちになりました

なんとなく内容を理解しようとするけど上手くできないものが目の前で繰り広げられるというのは、暗黒舞踏とか身体表現にも近い気もするんですが、それとも少し違っていて、なんか若干のセリフがあるのでお話があるのかな、とも思ったりするけど、やっぱりなかったりします。結果的に目隠しされている人たちが吊るされているという絵が一番印象的で、どちらかというと展示を観たという方が近いのではとも思いました

まぁ、小劇場的な演劇というのは観るまで全容が分からないことが多いので、シェイクスピアみたいな古典やストレートプレイを期待して観に来た方がいたらどういう感想を持たれたのか気になります。適当なラーメン屋に入ったらスープがコーヒーだったみたいな事が普通に起こり得るし、それを好きな人もいればそうでない人もいますが、注文したらお金払わないといけません

まとめ

かなざわ演劇人協会という立場は考えずにまとめるとすると、「燕のいる駅」はすごく普通。「さよなら、めくらども」はサブカル。寺山とか月刊IKKIっぽい。ある意味趣向の違ったものが上演されたとも言えますが、(色んな事情はあるにせよ)どちらも今一つ小さくまとまった気がしました

好き勝手書いてすみません。気に障ったら謝ります

そんな感じです


posted by ジョキャニーニャ at 23:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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